2014年03月30日

東北旅行その3

松島到着。今日の宿はホテル海風土(うぶど)。バリをイメージしたリゾートホテル。
今回は…今回はちょっと贅沢をしてくれようと思い、なんと部屋に露天風呂つき!
海の見える部屋で、早起きすれば日の出が見られますとのこと。たのしみー!
大浴場もステキだった。ご飯も美味かった。松島と言えば牡蛎が名産で、牡蛎が嫌いな私は一体どうすればと思ったけど、晩ご飯に牡蛎は出なかった。やったー(喜ぶポイントが多分違う)。
おやすみなさーい。

次の日、日の出の5時37分に私だけ起床。夫は放っておいて朝日を拝む。晴れてたけど雪がちらついていて不思議だった。朝日を見ながら部屋の露天風呂に浸かる。なんて贅沢だ!悦。
二度寝の後朝ご飯。和食だった。湯葉豆腐とか美味しかった。
ご飯の後上の階にある見晴らしのよい露天風呂に入ったり、部屋の露天風呂にもう一度浸かったり朝から風呂三昧でほかほか。
部屋は綺麗で広いしスタッフの感じも良いし、ウェルカムドリンクのハーブティーも美味しかったし、良い宿だったー。お金をためてまた来たい。

チェックアウトした後宿の車で松島海岸駅(松島に駅は2つあるのだけど、仙台まで出るには松島海岸駅の方がよかった)まで送ってもらう。駅に着いたらコインロッカーに荷物を入れて、遊覧船乗り場まで戻る。駅のコインロッカーはあまり数がないので、手荷物預かりを頼ろうと思ったら係の人が怪我をしていてやってないとのこと。エー。空いてた小さなコインロッカーにぎゅうぎゅうと詰め込んだのだけど、遊覧船乗り場に戻ったらそこにもコインロッカーがあった。そこでもよかったな…まあいっか。

遊覧船はいくつか種類があるのだけど、最初なので「仁王丸コース」というスタンダードなやつにのることにする。湾内一周50分。毎時0分発なのだけど、この日は連休で増発便が出ているとのことで行ってすぐ乗れた…が、さすが増発便が出るだけあってすごい人で、席なんてなかったので船の後ろの甲板で我慢する羽目になった。2階席はグリーン席とのことで追加料金が必要だった。席が空いてたらそっちでもよかったのだけど、今から行ってもやっぱり立っているしかないとのことだったので1階で我慢する。50分立ちっぱかー…まあしょうがない。
しかしいざ遊覧船が出発してみると、私たちよりよっぽど苦労していたのはカモメであった。どういうことかというと、遊覧船内でカモメのエサ(小袋入りのかっぱえびせん)が売っている。それを観光客がカモメに向かって投げる。カモメはそれを追いかけてひたすら飛ぶ。飛んで追いかける。…50分……。
「右手をご覧下さい。○○島でございます」「左手をご覧下さい。○○島でございます」とか色々アナウンスを聞いて右往左往しながら写真を撮るのだけど、島を撮っているのかカモメを撮っているのか分からない有様になる。
ちょっと活発なカモメは、かっぱえびせんを手に持っていると、投げるのを待たずかっぱらいに特攻してくるのでかなり怖い。しかし下手に投げると船も進んでいるし風もあったので、後方の人に当たってしまってそれも怖い。
「松島や ああ松島や 松島や カモメ飛んでる エサも飛んでる」とか詠んでいたら終わった。
終盤に気づいたけど、ずっと吹きっさらしだったのでかなり寒かった…。
桟橋に着いたら次の船に乗る為にえらい行列ができてた。連休ってすごい。

船を降りて瑞巌寺へ。伊達政宗公ゆかりの寺。
…再来年くらいまで改修中なんですって。
仕方ないので今公開されている庫裡(台所)と政宗公の正妻愛姫の廟を詣でる。庫裡の中には伊達家代々の位牌があったり、これはこれで面白かった。愛姫の廟は改修が終わったようで鮮やかで華やかな廟だった。

昼ご飯はガイドブックに載ってた「さんとり茶屋」へ。
夫は牡蛎丼、私はあなご丼を食す。あなご丼は1日20食限定と書いてあったけど絶対嘘だと思う。私の回りみんな注文してたし。
それより美味いのは美味かったし、連休というのもあると思うけど2時間待った。入るのに時間がかかったのは仕方ないにしても、席について注文してから1時間近く待った。見切りをつけるタイミングを逸したのがまずかった…。店員さんの対応もうすぼんやりしていたし、また松島に行くことがあってももう絶対行かない。

なんとかごはんを食べ終わって近くの五大堂をおまいり。ここは「ハチミツとクローバー」に出てたところで、堂に向かう橋は透かし橋といって下が見える(はず)!怖い!(はず)…と思って行ったらそれほど間が空いてるわけでもなくてそんなに怖くなかった。走れるほどではないけど…祖谷のかずら橋を渡ってしまった身としてはこのくらいは楽勝。
ああ、竹本くんとしんさんがここを渡ったのね。うっとり。

さんとり茶屋のおかげで時間がなくなってきて焦る。ちくしょう。
ほんとは観瀾亭(かんらんてい)も見たかったけどそこまでの時間はない。泣く泣く素通りしてマリンピア水族館に向かう。
着いたらちょうどペンギンの餌やり体験が出来た。…なんか今日は鳥類にエサをやってばかりだ…。
ついでにペンギンのお散歩も見られた。よちよち歩きで可愛い。葛西臨海水族園もそういうのをやってるけど、そちらは離れたところから見るのに対して、こちらは柵も何もないところですごく近い。人によってはペンギンにはたかれそうになる。楽しい。
いい体験だった。
他にもイロワケイルカとかいたし、コンパクトながら見応えのある水族館だった。
一角に震災のときどうだったかという記録が残っていて、津波が園内まできたこと、職員の皆様が寝る間を惜しんで復旧に力を注いだけども手が間に合わなくて死なせてしまった生き物もいたこと、それでもなんとか頑張って震災からわずか1ヶ月で再オープンにこぎつけたこと等分かりやすく展示してあった。
実際、松島は比較的被害が少なかったとは言うけど、あのひどい震災からたった3年でこれほどのにぎわいというのは、やはり地元の方の努力なくしては叶わなかったことなのだろうと思う。私たちが訪れたことがほんの少しでも力になれていたらいいなと思った。

タイムアップ。観瀾亭は諦めて菓匠三全の店舗に向かう。おみやげは仙台駅では買わぬ!なんでかというと仙台駅でも「萩の月」をはじめとするお菓子はもちろん売っているのだけどバラ売りがない。そして「萩の月」は御家庭用に化粧箱がないタイプが存在し、化粧箱入りのやつよりだいぶお安いのだけど、仙台駅では売っていない!のである。前回来たときそれは学習したので、ここの菓匠三全で自宅用を色々と買い込んだ。かさばるが気にしない。よかったよかった。仙台市内だったら青葉城の店舗にもあった。ご参考まで。

松島海岸から在来線で仙台駅に行き、駅弁等を買って東京へ。
無事に帰ったところで旅行もお開き。
一ノ関、平泉、松島とどこも初めてだったけど良いところだった。また違う季節に行けたらいいなと思う。
今度の旅行はどこに行こうかな。うふふふふ。
おしまい。


posted by かんざき at 22:24 | Comment(2) | 遊び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月27日

東北旅行その2

2日目。
朝起きたら一面雪。雪。雪。雪が降ってるけど雨に変わっている?うわー大変そうと思いつつ朝ごはん。朝ごはんも割と美味しかった。コストパフォーマンスの良い宿だ。
売店でビニール傘を売っていたので購入する。
10時にチェックアウト後、駅までの送迎バスに乗せてもらって駅まで行く。手荷物預かりをやっているお店に立ち寄ってかさばる荷物を預かってもらった。
その後巡回バス「るんるん」に乗り、一路毛越寺へ。実は、武蔵坊はこの近くだったのでかなり戻ることになるのだけど、平泉は町自体がそれほど広くないので別に困らない。巡回バスだって1周20分だし。
「るんるん」に乗った時点で昨日車に乗っけたカップルに会う。予想はしてたけど多少気まずい。
世界遺産毛越寺は広かった。雪景色がとてもきれい。えーと、この時点でとっくに雪というか雨は止んでいて、割と歩きやすかった。寒かったけど、雪景色を堪能。
消失してしまった建物がいくつもあって、奥州藤原氏が滅んでしまった後は再建する必要もお金もないので跡だけ残っていた。芭蕉が「夏草や兵どもが夢のあと」と詠んだ石碑が残されていたけど、ほんとにそんな感じ。
庭には平安時代そのままの鑓水跡が残っていた。雪景色だと良くわからないけど、春先は風流であろう。いいなあ。

一回りしてまた「るんるん」に乗り、今度は中尊寺へ。今回の目玉!
もうこの頃にはすっかり晴れていた。降水確率80%を裏切っての晴天。ありがとう!
中尊寺へはかなり急な坂道の参道を通ってゆかねばならない。
恐れをなしたのでふもとの「遮那王」というお店でミニコロッケ(6個入り)を買い、食べて鋭気を養いながら登る。「牛若丸も食べたい」というキャッチコピーだった。美味しかった。
「『牛若丸も食べたい』かー」
「弁慶は?」
「弁慶は食べた」
「いつの間に!」
「弁慶は食べて『美味しい』って言ってた」
と阿呆なやり取りをしながらあっという間に食い尽くし、ずんずん登って行く。
雪で滑って危ないので傘を杖代わりにした。
坂がひと段落すると今度は気温が上がってきて、参道わきの木に積もった雪がとけてくる。大きめの塊が落ちてくると結構痛いので、皆フードをかぶったりマフラーを頭に巻いたり、色々と対策をしていた。私は勿論傘をさした。ふー、買っておいてよかった。

金色堂の前に本堂がある。ご本尊は去年作りたてのほやほや。
最初5分の1スケールの模型を作っておいてそこから計算して本体を作ったとか、普段知ることが出来ない作り方が展示してあって、とてもよかった。

本堂はタダだけど金色堂と宝物庫はセットで有料。どっちを先に見ても良いよということだったが、私は宝物庫を先にみることをおすすめ。順路の最後に流しているムービーで、金色堂の見どころを説明してくれているので。
クジャクの羽根の細工の細かさとか、言われないとわからないもんな。
他にも紺の紙に銀泥で線を引いて金で文字を書いた書物とか、奥州藤原氏の埋葬品とかが展示されていた。地方の金持ちはケタとかスケールとかとにかく違う。恐れ入った。

その後いよいよ金色堂へ。金色堂は昔は野ざらしだったのだろうけど、今は一回り大きい建物の中にある。保存を考えたら当然ではあるけど、「思ったより小さいなあ」という印象になってしまうのも仕方ない。
しかしまあなんとも神々しい堂であった。金、緑青、螺鈿、蒔絵、仏像、どれもがどれ一つをとっても精緻な細工が施された芸術品である。
これに比べたらヴェネツィアのサンマルコ寺院で見たパラ・ドーロなぞ金がかかっているだけの代物である。旅行記を書いた時に散々書いたけど宝石はカットが悪くて輝きが鈍いし針金で留めてあるからパチンコの釘みたいだし絵も正直そんなに上手いとも思えない。金色堂の細工はそのパラドーロよりも200年も前のものだと思うと尚すごい。よくぞ日本に生まれけりだ。ほーっと感心した。
そして私はこの金色堂が一体何なのかということを知らずにいたのだけど、これは奥州藤原氏4代のお墓であった。後世の平安を願ったのだろうか。権力者にも等しく死はやってくるのだと思うとなんだか切なくなった。
これだけの仏に守ってもらえたらいいなと思い、ふと先日亡くした自分の子のことを考え、手を合わせた時に「どうかうちの子のことも宜しくお願いします」と心の中で祈ったら涙が出た。
なんだか色々考えた金色堂だったがともかく見て良かった。さすが世界遺産だ。

金色堂を出て、敷地内をふらふら見て回りながら麓に戻る。
そろそろおなかもすいたので近くにあった「レストラン・源」で昼ご飯。いろんなものがちょっとずつ食べられて美味しかったー。おすすめ。
そしてレストランでまでなお昨日乗せたカップルに会った。被り過ぎだ!恐ろしい。
食べ終わって、どうしようか。平泉をまだ見ても良いけど明るいうちに松島に移動したい。電車の本数もあまりないし、もう行っちゃおうか。ということで駅に向かう。「るんるん」は時間が合わなかったのでタクシーに頼る。1日乗車券は元をとらないまま終わってしまった…。

そして松島に向かう。ローカル線で1時間半くらいかかったのかなあ。のんびりしていた。
つづく。
posted by かんざき at 23:25 | Comment(0) | 遊び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月24日

東北旅行その1

連休中に行って参りました。
行ったことなかったところに行こうということで、一ノ関〜平泉と松島へ。
そんな旅行記さまざま。

・1日目
なんとなく雨。新幹線で一ノ関へ。駅でレンタカーを借り(予約していってよかった。飛び込みできていたお姉ちゃんたち2人が断られていて気の毒だった)、一路猊鼻渓(げいびけい)へ。
猊鼻渓に着いたのが12時半くらい。舟下りをするつもりで、次の舟は13時に出るとのこと。うわーお昼ご飯食べなきゃ。というわけで横にあった「たかこう」というお店へ。そばなら早く出来るだろうと思って注文。
期待してなかったけど割と美味しかった。店には数々の芸能人からのサインが並んでいた。そういうお店。
割と急いで食べ、舟の乗り場に戻ったら受付の女性に「貸し切りですね〜」とにっこりされる。うーん、だったらもうちょっとゆっくり食べても大丈夫だったんじゃない?まあいいや。
冬はこたつがあると聞いていたけど2月末で終わったらしい。3月とはいえ気温は0度近かったのでこれで吹きっさらしだったら相当つらいなと思っていたのだけど、ちゃんと透明な屋根と窓で覆われていて外の風は入り込んでこなかった。おまけに中にはストーブがあって快適。窓も自由に開閉出来るすぐれもの。
舟を操る人と解説をする人が1人ずつ。夏は1人で舟を操りながら解説するらしい。冬は屋根と窓があると声聞こえないからね、と言われた。
川の流れがゆったりしていて水深も1メートルくらいのところを進んで行くので、舟にはエンジンがない。舟下りと言いつつ行きは上りで、帰りが下りだそうだ。
「人力(竿1本!)で動かしてます。夕べ補給したアルコールエンジンでね。それで今日の夕方まで動くんだからえらいよねえ」とは解説者の談。なかなか面白いおじさんであった。
岸を離れて5分ほどしたとき、モーターボートが追っかけてきた。どうやら出向直後に来ちゃったお客さんを届けにきたらしい。なんという柔軟なサービス。
学生さんとおぼしきカップルで、これで乗客は4人になった。よかったよかった。
周りの景色はというと切り立った1枚岩の壁で、途中滝もあったり藤もあったり、季節によって色々見どころがあるらしい。藤の季節綺麗だろうなあ。
上りの終点に着くと岸に降りられる。猊鼻渓の名前の元となった獅子の鼻の形をした岩とか、20メートルくらい?離れた穴の中に運玉という粘土で出来た玉(舟の中で100円で5つ買える。それぞれ「福」「寿」等縁起の良い言葉が書かれている)を投げ入れたりする。私は全然届かなかった…恥ずかしかった。ちぇっ。
川の水も綺麗で、夏は涼しそうだなと思った。
しばらく滞在した後、下り。途中で解説のおじさんが「げいび追分」という浪曲のような歌を歌ってくれる。お上手であった。
震災のことも少し触れていた。三陸方面の鉄道はもうすぐ復旧するけど、陸前高田のあたりは街ごと無くなっちゃったから、同じところに線路を通しても意味がないので復旧が遅れているのだと言っていた。恥ずかしながら私はその理由を知らなかったので、教えてもらえてよかった。

最後の方では雨が雪に変わっていた。うわー、寒いと思ったらとうとう雪かあ。
移動しようと思ったら、舟に同乗していたカップルが時刻表を見ながら係の人と喋っていて、どうやらちょっと困っている様子。
夫が「乗っけて行こうか?」と言う。声をかけると、車で行ったらすぐ近くの幽玄洞というところに行きたいらしいけどバスが来なくてタクシーを呼ぼうかと思っていたところだったそうだ。よかったらどうぞと言ったらありがとうございますとついてきた。旅は道連れ世は情け。
真っ先にカーステにつけてあったiPodを外し、車内で流れまくるはずだったアニソンを回避した私グッジョブ。
聞けば彼氏の方が来たいと言い、明日は平泉を回るんだそうな。へー、彼氏の方が来たいって言うなんて珍しい。史学科の学生さんかな?とニヤニヤしてしまったけど、あまりツッコむのも可哀想かなと思って程々にしといてあげた。うひひ。きちんと挨拶も出来る気持ちのいいカップルであった。

幽玄洞で彼らを降ろし、私たちは一路厳美渓(げんびけい)へ。この日は渓谷尽くし。
雪は猊鼻渓を出るあたりから直径5センチはあろうかという(少なくとも私は)見たこともない牡丹雪になっていて、あっという間に世界が変わっていてびっくりした。そりゃこんなんどかどか降ったらあっという間に積もるわなー。
そして大学時代を金沢で過ごしたおかげで雪道の運転に慣れている夫に感謝。そうじゃなかったらレンタカー手配しなかったかもしれないけどさ。やっぱり慣れてると安心。
厳美渓に着き、どこに車を止めていいのか分からなかったのでとりあえずレストハウスの駐車場に止める。いくらかお金を遣うと駐車料金がタダになるそうだ。ありがとう。
ここの名物は景色もそうだけど、あとは郭公団子。岸にあるカゴにお金を入れてロープ伝いに送ると団子が入って返って来るんですって。でもこの日は売り切れなんですって。売り切れっていうか…悪天候で誰も来ないだろうから作ってなかったんじゃ、という説が有力。残念。
仕方ないのでレストハウスで私は甘酒とあん団子、夫はぜんざいを食べる。甘酒も団子も美味しかった。レストハウスと侮るなかれ。しかし客は私達以外には誰もいなかった。誰もいないからか、雪下ろしがガスガス始まっていて怖い。店の入口とか予告なしに雪が落ちてきて、気をつけないと大惨事。
肝心の厳美渓はまあ一応見たけど雪で真っ白で、ついでに視界もきかず、ハイキングコース2キロとか歩いたら遭難しかねないので「雪景色も綺麗ねえ」と呟く程度でやめといた。次回夏あたりに来たい。

一ノ関駅に戻り、車を返してJRで2駅先の平泉に移動。一ノ関の駅でさっきのカップルを見かけたけど敢えて声はかけず。
平泉駅からタクシーでこの日の宿「武蔵坊」へ。タクシー初乗り500円だった!安!
武蔵坊は建物こそ古い宿だけど、部屋は広かったし、ご飯はこの値段にしては満足すぎるほど満足。美味しかった。ありがたい。
温泉は普通にただ温泉しかないので物足りない人もいるかも。あと客室からすごく遠い上に階段の上り下りがあるので、めんどくさい人もいるかも。でも全体的に良い宿で、頑張ってるなと思った。コーヒー牛乳は自販機になかったけど売店に売ってた。
そんなこんなでおやすみなさーい。続く。
posted by かんざき at 00:00 | Comment(0) | 遊び | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月23日

ひとつの命の終わり

えーと…。
しばらく間が空きました。
その間東北旅行とかもしていたのですが、それ以前に、うーん、なんて書いたら良いのかちょっと迷ったのですが、まあ有り体に言うと流産をしました。

…重いなー…(自分で書いておいてなんですが)。

割と早い段階で妊娠が発覚し、分かってから約2ヶ月。
9週に入ったところで成長が止まり、心拍が確認出来なくなり、それっきりでした。
悪阻という自覚症状がほぼなく、おなかも大きくなっておらず、なんというか自分の中に命がいたという実感がほとんどなかったので、最初「心拍が確認出来ないから、来週もう一度来て下さい」と言われた時も「そういうこともあるのか?」とよく分かっておらず、少しネットを漁ったらその時点でほぼ詰んでるということが分かってもどうしていいのか分からず、いよいよダメだとなったときもやっぱりどうしていいのか分かりませんでした。
泣くのは泣いたけど、すごく落ち込むとかそういうことではなく、私の妊娠が発覚してテンションの上がりまくった親兄弟(夫は私同様「もう?」という感じで面食らっていたので当事者二人が置いてけぼりを喰っていた感じでした)に申し訳ないなという気持ちでした。
そして、自然に出て来ないので手術が必要と言われ、まあどんなもんか分からないのでそれに対する恐怖があり、少し前にやった血液検査で風疹とトキソプラズマの抗体値?が異様に高かったのでもしかしてそのせいか?と思ったり、色々。

ショックが大きすぎてどうしていいのか分からなかったというわけでもないし…なんだろう、上手く説明出来ませんね。
初期の流産は胎児側に問題があることが殆どで私の過ごし方が問題だったとかではないだろう、と頭で分かっていましたがやっぱり悪いことしたなあという気持ちもありました。
家族に報告したら、みんな優しくてそれも申し訳ないなあと思いました。特に義母と義姉には大変気遣ってもらって、ありがたいなあとしみじみ思いました。

手術。
当日0時から飲食一切禁止だったので23時50分頃まで色々詰め込んでいたら夫に呆れられたのはともかく、朝いちで病院に行って術着に着替え、ブドウ糖の点滴から始まって麻酔を効きやすくする薬?かなんか?を肩に打たれてから、点滴をつけたまま歩いて手術室に移動。手術台の上に横たわり、執刀医の先生が「何も心配いりませんよ」と手を握って下さったので、なんだか安心して「宜しくお願いします」と挨拶した…までは覚えているのですが、そこからブドウ糖の点滴に混じって静脈麻酔が入れられ、その途端意識が飛びました。
飛んだ、というと気を失うということになるのか、そうするとちょっと意味が違って、肉体の感覚がなくなり、真っ白な天井を見ながらリュージュでずーーーっと滑っていく感覚がありました。地下鉄が発車する時のようなワーーーンという音がずっとしていて、とにかくずっと真っ白な天井がすごい速さで進んでいました。
そのリュージュが一瞬ヴェネツィア?のゴンドラが並んでいる景色に変わり、身体が投げ出される感覚があって初めて「あれ?」と思いました。
今思うとそれは手術が終わって控え室のベッドに帰って来たところで、そこからやっと魂が肉体に戻りました。
まず感覚が戻ったのは足。あ、動くのかと思い、それから目を開くと目の前にデジタルの時計があるのがわかり、それから異様に喉が渇いているのと少しお腹が痛いなという感覚があり、丁度やってきた看護師さんにそれを訴えました。
「もうすぐお水飲めますよ。痛み止めも飲めますよ」と言われましたが結局控え室にいる間はくれなかった…しくしく。
ともかく少しずつ頭がはっきりしてきて、真っ先に思ったのは「夫を一人にしないで済んだ」でした。
どんな手術か分からなかったし、ともかく彼は私以上に実感がなかったにしろ家族になる予定だった人を失ってしまったわけで…この上私に何かあったらとても可哀想だろうと思っていたので。
その後、なんとか歩けるようになるまで回復し、夫につきそってもらって帰りました。忙しい仕事をやりくりして、通院にも手術にもつき合ってくれた夫さんありがとう。

やっぱりこういう状況になったら「あの子が命を持った意味は何だったんだろう」ということだと思うのですが、私の場合は「周りの人に自分がいかに大切にされているか」を分かる機会だった気がします。
家族は勿論、職場の人もすごく気を遣ってくれて、つらい目にあったはずなのにこんなに幸福な気分でいいのかなあと思うくらいありがたくて幸せです。
他にも思うことはあるのですが、まあそれは自分が分かっていればいいことなので割愛します。

考えを巡らせていると、「まだ名前もなかったあの子は今どこにいるんだろうか。寒いところにいないだろうか。一人で淋しい思いをしていないだろうか」と思ってしまって、さすがにそれは思う度涙が出て、そうか私はたった2ヶ月だったけど母親だったのかと思います。
(これで母親というのもおこがましいかも知れませんが)
でもすぐ「あ、でもアリス(アリス・ペコ・リデル。去年他界した最愛の犬)がいる」と思いました。アリスならきっと見つけてくれるし、なんとかしてくれる。そういうば母方の祖父も父方の祖父母もいた。夫が飼っていた黒猫もいる。
あっちに信頼できる存在がいてくれるというのはありがたいなあ、とまたしみじみ思ったり。


まとまりなく書きましたが、まあそういう事実がありましたよ、という…。
現在は身体も順調に回復し、精神的にも至って普通です。旅行楽しかったし。
他所の赤ちゃんを見て心が痛くなるということもないし、ほんとに普通です。
隠すつもりもないけど言い回るのもさすがにしんどいなあと思って、友人諸君への報告兼ねてこんなところにかきました。不愉快な思いをされた方がいらしたらすみません。
次回からはまた普通のどうでもいい話日記に戻ります。
posted by かんざき at 01:27 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月13日

るろうに剣心

今更ですが。
むかーーし原作読んだけど、最初の方はなんとなく覚えてるけど後半はさっぱり覚えてないという感じ。
映画の1は「ハハハ、コケるであろう」と鼻で笑っていて、実際友人から「つまんなかった」という評価を聞いてさもありなんと思って放っておいたのですが、なんと2をやるにあたり、

志々雄誠…藤原竜也
四乃森蒼紫…伊勢谷友介
瀬田宗次郎…神木隆之介

と、頼んでもいないのに勝手に俺のためのキャスト(略して俺キャス)になっていたので、これはもう仕方がないな!と思って見に行く気満々です。
特に瀬田!!!これはもうひゃっほうでハラショーでしょう!バンザーイ!
写真が発表されたとき「リアル瀬田」とネット界が大騒ぎになっていたそうですが、勿論私も水面下で騒いでました。いえー!
(瀬田宗次郎のモデルが沖田なんだから、今新選組をやるとしたらやっぱり沖田は神木くんなんじゃないかと思う)

見に行くとなったら原作を読み返さねばと思ってコミックレンタルで全巻読み直したのですが、まーみごとに覚えてない…いたっけこんなやつ…と首をひねるひねる。十本刀なんて安慈と宗次郎しか覚えてない…由美さんはともかく。宇水もさっぱり忘れていて、家人から「ティンベーとローチンだよ!」と言われても何言ってんだこの人と首を捻っていたら本当でした。覚えてないよそんなの!
ま、そんなわけで記憶が綺麗に消去されていたので、新鮮で面白かったです(前向き)。
やっぱり京都編が面白かったですね。読んでるとどうしても志々雄方に肩入れしちゃうので、「ちぇー」ですが。その次の縁編はちょっと…縁怖いし…(全くどうでも良いですが、氷上のネオユニヴァースこと羽生結弦くんのSPの中で片足を投げ出して低く滑る決めポーズがあるのですが、家人が「あれは虎伏絶刀勢だ」と主張して譲りません。他にそんなこと考えてる人知らんつの…)。
で、十本刀が分かったところでキャストを確認したら、佐渡島方治が滝藤賢一ですって!半沢の近藤さん!
近藤さんが「強し!強し強し強し強し強し強し!この方治とんだ勘違いをしていた!」とか言ってくれちゃうのかと思うともう半笑いがこみあげてこようというものです。
そんなわけで大変楽しみ。夏が待たれます。うひゃひゃ。


…剣心?そんなのどうでもいいに決まってるじゃん(言い切った)。
posted by かんざき at 23:13 | Comment(2) | 読んだもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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